インストラクショナルデザインINSTRUCTIONAL DESIGN

ラーニングデザイン連載

2025.03.24

第3回:学習の効果を最大化するための学習ニーズ分析の留意点とチェックポイント

第2回では、学習ニーズ分析の要点とその概要について書きました。企業や組織における人材開発担当部門には、学習ニーズの明確化や成果を提示する必要性も高まっていることから、学習ニーズの分析は、重要性が増しているかもしれません。

一方で、学習ニーズと言っても研修やラーニングコースを設計する「ベンダー」の立場からは、窓口となる担当者から得る情報が、研修や学習コンテンツの必要性のみに絞られた視点からの話になりがち、という現実もあるかもしれません。

しかし、学習プログラムの効果を最大化し、対象となる学習者に真に役立つ内容を提供するためには、単に表面的なニーズを掘り下げるだけでなく、いくつかの重要なポイントに注意を払う必要があります。

戦略的学習ニーズと方策的学習ニーズの違いを理解する

まず、学習ニーズには大きく分けて「戦略的な学習ニーズ」と「方策的な学習ニーズ」の2つが存在します。この区別は、学習プログラムの設計を最適化する、その展開の仕方や位置づけとスコープを明確にするうえで、とても重要になります。

では、その違いは何でしょうか?

  • 戦略的な学習ニーズ
    これらは、組織全体のビジョンや長期的な成長目標に基づくニーズを指します。
    たとえば、新市場への参入に伴う新しいスキルの習得や、将来的なリーダー育成のためのスキル強化が挙げられます。
  • 方策的な学習ニーズ
    一方で、これらは現場で直面している課題や、日常業務の効率化を目指した短期的・具体的な学習ニーズを指します。たとえば、新しい業務プロセスに関するトレーニングや、新システム導入時の研修が該当します。

学習ニーズ分析においては、この二つの視点を統合しながらプログラムを設計することが必要です。

では、具体的には、どのような情報や質問をすることによってその違いを明らかにすることができるでしょうか?

戦略的学習ニーズを明らかにするために必要な情報や質問:

上述のように、戦略的学習ニーズを明らかにするには、組織の長期的な目標や成長ビジョンに結びつく情報の収集が必要ですが、具体的には何を見たり、聞いたりすればよいのでしょうか?

必要な情報
  1. 組織のビジョンとミッション
    • 長期的な方向性や価値観を理解するための情報。
  2. 中長期のビジネス目標
    • 新市場への進出、新製品の開発、または競争力強化などの具体的な目標。
  3. 業界の動向と競争環境
    • 業界内で求められる新しいスキルや知識を把握するためのデータ。
  4. 現状のスキルギャップと将来必要な能力
    • 現在のスキルセットの課題と、将来的に必要なスキル・知識。
  5. 組織内の変革プロセスや戦略的プロジェクト
    • 将来の計画や変化に伴うニーズの洗い出し。

上記の情報は、わざわざ担当者に聞いたりしなくても得られるものもあります。既存のリソース(IR情報、会社のホームページ、業界団体のホームページや関連情報やニュース)から得られたそれらの情報をもとに、以下のような質問を関係者(経営層や部門責任者、社員など)に投げかけることで、戦略的ニーズを掘り下げることができます。

必要な質問
  • 組織のビジョンと長期的目標において、どのような能力が不可欠ですか?
  • 今後3年~5年で直面するであろう市場や業界の変化にはどのように対応する必要がありますか?
  • 現在のスキルや知識における主な不足点は何ですか?
  • 競合他社と差別化を図るために、どのようなスキルや知識が求められますか?
  • 既存のプロジェクトやイニシアチブに関連して、新たに必要となるスキルセットは何ですか?
  • 特定の役割や部門が将来的に直面する主要な課題は何ですか?

これらが明らかになることによって、提供する学習ソリューションやコンテンツがどのような組織ニーズに応えるものなのか、どの程度のスパンで段階的な学習を進めるための仕組みが必要かとその期間がわかってきます。つまり、コンテンツとしての学習成果だけではない学習ソリューションの組織への貢献の道筋を描くことができます。

では、より現場の業務パフォーマンスに関連する「方策的学習ニーズ」に必要な情報を洗い出すためには、何が必要でしょうか?

方策的学習ニーズを明らかにするために必要な情報や質問:

方策的学習ニーズを明らかにすることによって、即時的で実践可能な学習ソリューションを設計するための基盤が築けます。以下に必要な情報と、それを得るための具体的な質問例を挙げます。

必要な情報
  1. 現場の具体的な課題
    • 現場で直面している問題や非効率な業務プロセス。
  2. パフォーマンスギャップ
    • 実際のパフォーマンスと期待されるパフォーマンスの間にある差異。
  3. 業務フローや手順の詳細
    • 各タスクやプロセスの現状と改善可能性。
  4. 利用可能なリソース
    • トレーニング実施のための時間、予算、人員などの制約や利用可能な資源。
  5. 学習対象者の特徴
    • 学習者のスキルレベル、経験、役割、学習スタイルなど。
必要な質問
  1. 現場で直面している課題に関する質問
    • 業務プロセスの中で最も時間がかかる部分はどこですか?
    • 現在、業務遂行中に頻繁に発生している問題やミスは何ですか?
    • 日常業務を進める上で「もっとこうなれば良い」と感じる点は何ですか?
  2. パフォーマンスギャップに関する質問
    • 理想的な成果とはどのようなもので、現在どれくらい達成できていますか?
    • チームや個人のパフォーマンスにおいて、特に改善が必要な部分はどこですか?
    • 現在のパフォーマンス目標を達成するために不足しているスキルは何ですか?
  3. 業務フローや手順に関する質問
    • 現在の業務手順で、効率化が可能だと考えられる部分はどこですか?
    • 新しい業務プロセスやツールが導入されている場合、それに適応できていますか?
    • 業務フローのどの部分で特にストレスや混乱を感じますか?
  4. 学習リソースに関する質問
    • 学習やトレーニングに割ける時間やスケジュールはどれくらいですか?
    • 学習対象者が最も参加しやすい学習形式や方法は何ですか?
    • 学習のために活用可能なツールやプラットフォームはありますか?
  5. 学習者に関する質問
    • 学習対象者の現時点でのスキルレベルや経験に基づく強みと弱みは何ですか?
    • 学習対象者は、どのような形式や内容のトレーニングに最も興味を持っていますか?
    • 学習者からトレーニングに関してどのようなフィードバックが得られていますか?

違いのまとめ

特徴 戦略的学習ニーズ 方策的学習ニーズ
視点 長期的 短期的
対象範囲 組織全体/将来の方向性 現場/現状の具体的課題
目標 組織の成長や競争力向上 即時的な効率化や課題解決
学習内容の適用範囲 広範かつ将来的 限定的かつ具体的
実施方法 ケーススタディ、プロジェクト型学習 ワークショップ、実技研修、eラーニング

この違いを明確に理解することで、それぞれのニーズに最適な学習ソリューションを設計し、組織や現場の目的を効果的に達成することが可能になります。

おわりに

学習ニーズ分析は、学習プログラムの設計を成功させるための最初のステップです。「戦略的学習ニーズと方策的学習ニーズを区別すること」によって、学習ソリューションの最適化とより効果性を認識してもらうことができるラーニングソリューションを実現できます。これらの留意点を念頭に置き、次のプロジェクトで活用してみてはいかがでしょうか?

次回は、戦略的学習と方策的学習の具体例とそれらを支援するラーニングテクノロジーについて解説します。

第4回:第4回:学習ニーズに応える ‐長期(戦略)的と短期(方策)的学習ニーズ対応の具体例‐