インストラクショナルデザインINSTRUCTIONAL DESIGN

ラーニングデザイン連載

2025.08.20

第7回:学習目標設定のABCD ‐測定可能な目標の設計‐

前回までは、ラーニングの構造化(順番や学習方法の選定)をする上で重要な基本知識となる学習領域とBloomのタクソノミーを紹介しました。
第7回では、適切な評価方法の選択や測定可能な学習結果を得るために必要な学習目標設定について、事例も交えながら考えてみたいと思います。「研修の効果測定」などにも関心のある方にもぜひ読んでいただきたい回です。

ABCDモデルとは?

  1. 「学習目標を“見える化”するためのフレームワーク」
     研修や教育プログラムの成果を正しく評価するには、学習目標が具体的で測定可能であることが不可欠です。ABCDモデルは、そのための「学習目標設計の基本形」として広く活用されているフレームワークです。
  2. 「効果的な研修設計は、明確なゴールから始まる」
     ABCDモデルは、学習者に何をどのように習得してもらうかを明確にするための4つの要素で構成されています。研修の成果を測定可能にするための第一歩として、ぜひ押さえておきたい考え方です。
  3. 「学習目標を“評価可能”にするための設計ツール」
     ABCDモデルは、教育や研修の現場で「何を教えたか」ではなく「何ができるようになったか」を明確にするための設計ツールです。

今回はその基本構造と活用方法を、事例を交えてご紹介します。

ABCDモデル:学習目標の4要素

学習目標を明確かつ測定可能にするためには、どのような構成要素が必要なのでしょうか?
ABCDモデルは、学習者が「誰で」「何を」「どのような条件で」「どの程度できるようになるか」を具体的に記述するためのフレームワークです。
以下に、各要素の概要と具体例をまとめました。

要素 説明
A: Audience(対象者) 学習する人。誰が行うのかを明確にします。 「受講者は」「新入社員は」など
B: Behavior(行動) 学習後に示すべき具体的な行動。観察・測定可能であることが重要です。 「~を説明できる」「~を操作できる」など
C: Condition(条件) 行動が行われる状況や環境。使用するツールや制約などを含みます。 「マニュアルを参照して」「グループディスカッションの中で」など
D: Degree(達成基準) 成功の基準。どの程度できれば達成とみなすかを示します。 「80%以上の正確さで」「5分以内に」など

✅ 良い学習目標と ❌悪い学習目標の違いとは?

学習目標を設計する際に重要なのは、「何を学ぶか」だけでなく、「どのように測定できるか」です。
ABCDモデルを活用することで、学習者の行動を具体的に記述できますが、さらに重要なのが Bloomのタクソノミーに基づく「行動動詞」の選定です。
例えば、「理解する」「知っている」といった抽象的な表現では、学習成果を客観的に評価することが困難です。
一方で、「説明する」「操作する」「比較する」などの行動動詞を使うことで、観察可能で測定可能な学習目標を設定することができます。
以下に、ABCDモデルを活用した良い例と、曖昧で測定が難しい悪い例を比較してみましょう。

✅ 良い学習目標の例(ABCDを含む)

「新入社員は、マニュアルを参照しながら、社内チャットツールを使って5分以内に上司に業務報告を送信できる。」

  • Audience: 新入社員
  • Behavior: 業務報告を送信する
  • Condition: マニュアルを参照しながら
  • Degree: 5分以内に
❌ 悪い学習目標の例(曖昧・測定不能)

「受講者は、コミュニケーションスキルを理解する。」

  • 「理解する」は測定が難しく、行動が曖昧
  • 条件や達成基準が不明
🧠 クイズ:この学習目標、良い?悪い?

以下の学習目標のうち、ABCDモデルに基づいた「良い学習目標」はどれでしょう?
理由も考えながら選んでみてください。

Q1.
「受講者は、リーダーシップの重要性を理解する。」
  • A. 良い学習目標
  • B. 悪い学習目標
✅ ヒント:
Bloomのタクソノミーにおける「理解する」は、観察・測定が難しい抽象的な表現です。
Q2.
「営業担当者は、顧客データベースを使って、3分以内に5件の顧客情報を正確に検索できる。」
  • A. 良い学習目標
  • B. 悪い学習目標
✅ ヒント:
ABCDの4要素(Audience, Behavior, Condition, Degree)が含まれているかをチェックしてみましょう。
Q3.
「新入社員は、チームワークの大切さを学ぶ。」
  • A. 良い学習目標
  • B. 悪い学習目標
✅ ヒント:
「学ぶ」や「大切さを知る」は、行動として観察できますか?

シンプルなクイズですので、もう皆さんおわかりかもしれませんが、以下にクイズの回答と解説をします。

🧠 クイズの回答と解説:この学習目標、良い?悪い?
Q1.
「受講者は、リーダーシップの重要性を理解する。」
  • ❌ 悪い学習目標
解説:
「理解する」は抽象的で観察・測定が難しい表現です。行動として何をすれば「理解した」と言えるのかが不明確なため、評価が困難です。
Q2.
「営業担当者は、顧客データベースを使って、3分以内に5件の顧客情報を正確に検索できる。」
  • ✅ 良い学習目標
解説:
ABCDの4要素がすべて含まれており、「検索する」という行動動詞も具体的で測定可能です。評価基準(3分以内、5件、正確に)も明確です。
Q3.
「新入社員は、チームワークの大切さを学ぶ。」
  • ❌ 悪い学習目標
解説:
「学ぶ」や「大切さを知る」は、行動として観察できず、評価が難しい表現です。たとえば「チーム内で役割分担を説明できる」など、具体的な行動に置き換える必要があります。

🎯 到達目標(Terminal Objective) と 支援目標(Enabling Objective)の違いとは?

学習設計をする上でのもう一つのポイントは、目標を「最終的に何ができるようになるか」を示す到達目標(Terminal Objective)(「最終目標」とも言われます)と、それを達成するために必要なステップを示す支援目標(Enabling Objective)(「習得目標」とも言われます)に分けて考えることです。

例えば:

  • 到達目標(Terminal Objective)
    研修やコースの終了時に、学習者が達成すべき最終的な成果。全体のゴールを示します。
    例:「新入社員は、社内チャットツールを使って業務報告を正確に送信できる」
  • 支援目標(Enabling Objective)
    到達目標を達成するために必要な知識・スキル・態度を段階的に習得するための目標。複数設定されることが一般的です。
    例:「チャットツールの基本操作を説明できる」
    「業務報告の構成要素を理解し、整理できる」

 Terminal Objectiveは“目的地”Enabling Objectiveは“そこに到達するための道筋”と考えるとわかりやすいです。

構造の違いと設計のポイント
項目 到達目標
(Terminal Objective)
支援目標
(Enabling Objective)
目的 最終的な成果 達成のためのステップ
粒度 大きい/統合的 小さい/具体的
評価 パフォーマンス評価 知識・スキル評価
設計順序 最初に設定 Terminalに基づいて設計
🧭 到達(最終)目標と支援(習得)目標の具体例
① リーダーシップ研修(部門長向け)

到達目標
受講者は、部門の戦略目標に沿ったチーム運営方針を策定し、上司に対して10分以内でプレゼンテーションできる。

支援目標
  • チームの現状分析に必要なデータを収集・整理できる。
  • 戦略目標とチーム課題を関連づけて説明できる。
  • プレゼン資料を構造的に作成できる。
  • 上司の関心に合わせたプレゼンテーション技法を活用できる。
② 新入社員向け:ビジネスメール研修

到達目標
受講者は、社内の問い合わせメールに対して、敬語と構成を適切に使い、5分以内に返信文を作成できる。

支援目標
  • 社内メールの基本構成(挨拶・要件・締め)を説明できる。
  • 敬語表現(尊敬語・謙譲語・丁寧語)を文脈に応じて使い分けられる。
  • 誤解を避けるための表現(曖昧語の排除、明確な依頼)を選択できる。
③ 安全管理研修(製造現場)

到達目標
受講者は、作業開始前の安全確認手順を、チェックリストを用いて正確に実施できる。

支援目標
  • チェックリストの各項目の意味と目的を説明できる。
  • 危険予知(KY)活動の手順を実演できる。
  • 異常があった場合の報告ルートを説明できる。

💡 ABCDを適用したEnabling Objectiveの例

① リーダーシップ研修:プレゼン技法の習得

支援(習得)目標(ABCD適用)
部門長は(Audience)、上司の関心に合わせたプレゼン技法を(Behavior)、事前に配布されたケーススタディ資料を用いて(Condition)、10分以内に説明できる(Degree)。

② ビジネスメール研修:敬語の使い分け

支援(習得)目標(ABCD適用)
新入社員は(Audience)、社内メール文中で敬語表現(尊敬語・謙譲語・丁寧語)を適切に使い分け(Behavior)、上司からのフィードバックをもとに(Condition)、80%以上の正確さで返信文を作成できる(Degree)。

③ 安全管理研修:報告ルートの理解

支援(習得)目標(ABCD適用)
製造現場の作業員は(Audience)、異常発生時の報告ルートを(Behavior)、安全マニュアルを参照しながら(Condition)、3分以内に口頭で説明できる(Degree)。

④ ファシリテーション研修:傾聴スキルの実演

支援(習得)目標(ABCD適用)
受講者は(Audience)、傾聴スキル(相手の言葉を繰り返す・感情を受け止める)を(Behavior)、ロールプレイ形式の模擬面談において(Condition)、講師の評価基準に基づき80%以上の達成度で実演できる(Degree)。

ABCDの応用ポイント
  • Behaviorは「観察可能・測定可能」であることが重要です。「理解する」「知っている」などは避けましょう。
  • Conditionは、現場に即したリアルな状況を設定すると、学習の転移が促進されます。
  • Degreeは、時間・正確さ・品質などで具体的に定義することで評価が容易になります。

適切な学習目標の設定は、評価項目を明確にするとともに、学習の結果をして期待されるパフォーマンス(業務)上の行動も明確にすることができます。
皆さんのコース設計や研修の成果を明示するためにも、ぜひABCDのフレームワークを使って学習目標の設定を行ってみてください。

次回は、ABCDモデルとBloomのタクソノミーを組み合わせた学習目標設計の具体例を紹介します。