第6回:学習デザインの基盤:Bloomのタクソノミー2

前回は、ラーニングコンテンツや研修設計をする上で重要な基本知識となる学習領域の違いとBloomのタクソノミーの認知領域についてご紹介しました。今回は、そのほかの領域である情動分野(Affective Domain)、精神運動能力分野(Psychomotor Domain)の行動動詞分類例と具体的な学習展開例を見てみます。
生成AIが大幅に進化したこの数か月の間に、生成AIは、人間の感情や「対話」する人に対するパーソナライズした反応をするようになってきていますが、情動分野(対人スキルを含む)は、必ず「人間」との関わりが必要になってくる分野として、AIやテクノロジーベースでの学習との切り分けや組み合わせを考える上でも重要な知識になります。
情動スキル分野の行動動詞例と学習設計例
情動スキル分野では、感情や態度、価値観を育てることが重視され、以下のような行動動詞とそれに基づいた研修例がよく取り入れられます。

行動動詞の例
行動動詞例 | 説明 |
---|---|
受け入れる(Receive) | 他者の意見を傾聴する。 |
反応する(Respond) | 話し合いの中で自分の考えを述べる。 |
価値を見出す(Value) | 多様性や異なる視点を大切にする。 |
整理する(Organize) | 自分の価値観や意見を統一する。 |
内面化する(Internalize) | 長期的な信念や態度に変える。(普遍化する) |
具体的な研修・学習設計の例
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感情知能(EI)トレーニング
- アクティビティ: 自分の感情を言語化するワークショップ
- ゴール: 共感力と感情認識スキルの強化
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多様性とインクルージョンのワークショップ
- アクティビティ: 異文化間の模擬対話やロールプレイ
- ゴール: 多様な価値観の尊重と協働スキルの向上
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顧客サービストレーニング
- アクティビティ: 顧客シナリオへの対応トレーニング
- ゴール: 顧客対応力とポジティブな態度の育成
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リーダーシップ研修
- アクティビティ: チームの価値観を整理するディスカッション
- ゴール: グループ内での心理的安全性の確保
対人スキル(Interpersonal Domain)分野の行動動詞例と学習設計例
この領域では、他者とのコミュニケーション、協力、支援、交渉など、人間関係のスキルの発展に焦点を当てています。
行動動詞の例
行動動詞例 | 説明 |
---|---|
提案する(Propose) | 新しい解決策やアイデアを共有する。 |
協力する(Collaborate) | チームで一緒に作業を行う。 |
交渉する(Negotiate) | 意見の相違を調整する。 |
説得する(Persuade) | 他者を納得させる。 |
指導する(Guide) | 知識やスキルを伝える。 |
支援する(Support) | 同僚やチーム、他者の目標達成を手助けする。 |

これらには、以下のようなスキルが含まれ、リーダーシップ研修やチームビルディングプログラムにはこの分野に関連するスキルを育成するための取り組みが見られます。
- コミュニケーションスキル: 明確に意見を伝える力。
- 共感力: 他者の視点や感情を理解する能力。
- 協力とチームワーク: 共同作業や問題解決を行う力。
- 対立の調整: 違いを克服し調整する力。
具体的な研修・学習設計の例
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リーダーシップ研修
- ロールプレイ形式で、「チームリーダーとしてプロジェクト目標を提案する」シナリオの実施。
- フィードバックセッションを通じて、コミュニケーションスタイルの強化。
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チームビルディングプログラム
- グループ活動で複雑な問題解決を行い、チーム内の協力と交渉を促進。
- 例: 解決策を提案するブレインストーミング活動。
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感情知能(EI)トレーニング
- 他者の感情を読み取り、支援するスキルの練習。
- アクティビティ例: シミュレーションを使って協力的な対人関係を構築。
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多文化理解ワークショップ
- 異文化間での交渉や提案スキルを強化。
- シナリオ: 異なる価値観を持つ参加者と共同プロジェクトを作成。
精神運動領域(Psychomotor Skill)分野の行動動詞例と学習設計例
精神運動領域(Psychomotor Skill)は、実践的なスキルや身体的な動作を育成することに焦点を当てています。以下は行動動詞の具体例と、それを活用した研修や学習の例です。

行動動詞の例
行動動詞例 | 説明 |
---|---|
模倣する | 他者の動作や技術を再現する。 |
操作する | 道具や機械を取り扱う。 |
準備する | 必要な材料や条件を整える。 |
調整する | 器具やプロセスを最適化する。 |
精密に行う | 動作を正確に実行する。 |
具体的な研修・学習設計の例
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医療処置のトレーニング
- アクティビティ: 模擬患者を使用して、注射や包帯の巻き方を練習。
- 効果: 手技の正確さとスピードを向上。
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スポーツ指導プログラム
- アクティビティ: トレーニングスキルの模倣と、自動化された動作の練習。
- 効果: 適切なフォームと技術向上を促進。
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機械操作研修
- アクティビティ: 機械の基本操作を学び、故障時の調整方法を習得。
- 効果: 実務能力の向上と安全性の確保。
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アート&クラフトワークショップ
- アクティビティ: 工芸品の作成やペイント技術の習得。
- 効果: 手先の器用さと創造的な表現力を育む。
精神運動領域では「手を動かし、感覚をつかむ学び」が重要なので、学んだスキルを実際に応用する場面を多く含む設計が望まれます。
以上のようにBloomのタクソノミーを参考にして、学習の目標を設定することによって、研修や学習のゴールに対して、どのような順番や学習プロセスが必要になってくるのかがわかります。そして、これらの分類がわかることによって、どのような場面には必ず「人」とのやり取りを含める必要があるのかが明確になります。つまり、どのような学習目標の内容に対しては、テクノロジーベースの自律学習の方が効果的・効率的で、どの学習プロセスに必ず「人とのやり取り」を組み込む必要があるのかという学習設計の全体像が明確になるので、学習コンテンツとしての効果性を高めるだけではなく、学習者の学習経験に対する適切性も向上させることができるのです。
学習目標・習得目標設計の基本原則とポイント
学習設計(インストラクショナルデザイン)で、Bloomのタクソノミーを使って学習・習得目標を作成する際の基本原則と重要点をまとめてみましょう。
基本原則
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具体性を持たせる
- 学習者が「何を達成できるようになるか」を明確にする。
- 具体的な行動動詞を使用して目標を定義する(例: 説明する、実演する、評価する)。
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学習の測定可能化
- 目標が達成されたかどうかを評価できるようにする。
- 質問や実技試験などを通じて学習者の進捗を測定可能に。
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学習者中心のアプローチをとる
- 学習者のニーズや背景を理解した上で目標を設定する。
- 目標が学習者の業務やキャリアに結びつくように設計する。
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階層性の確保
- 複雑な目標を小さなステップに分解し、学びやすい構造を提供する。
重要点
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行動動詞の使用
- タクソノミーや理論に基づく適切な動詞を選定し、目標を具体化する。
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達成可能性
- 学習者にとって挑戦的でありながら、現実的な目標を設定する。
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目標と評価の整合性
- 設定された目標に基づいて、適切な評価方法(テスト、ロールプレイなど)を計画する。
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包括的なアプローチ
- 認知、情動、精神運動の各領域を組み合わせて、学習者の成長を多角的に促進する。
これらの基本原則を活用することで、学習者の学びの質を向上させる習得目標を設計できますが、これらの原則やポイントは、生成AIを使って学習ニーズに対して適切な習得目標を設計したり、学習アクティビティやクイズといった学習コンテンツ作成のドラフトを作ったりするためにも、重要な基礎知識となります。また、生成AIによって作成される内容を精査・評価する判断基準ともなるという意味で、「人間」のインストラクショナルデザイナーとして、必須の基礎知識と言えるのではないでしょうか。
あなたは、生成AIを使って学習デザインをする際に、どのようなプロンプトを入れますか?上記の原則を使って、学習コースの階層や習得目標に合わせた評価コンテンツの作成などを試してみてください。
次回は、インストラクショナルデザインの重要スキルである学習・習得目標設計のABCDモデルと良い目標設定のポイントを紹介したいと思います。