インストラクショナルデザインINSTRUCTIONAL DESIGN

ラーニングデザイン連載

2025.11.28

第12回:成人学習者の心理と学習科学から考えるeラーニング設計

AIを活用した研修設計が広がる中で、忘れてはならないのが「成人学習者の心理」と「学習科学の知見」です。単に教材をデジタル化するだけでは学習効果は高まりません。

パワーポイントで作成したプレゼンテーション資料からも容易に動画を作成することができるようになり、時に、プレゼンテーションをe-ラーニングとして生成している場合も見受けます。
しかし、成人学習者は子どもとは異なる動機や学習スタイルを持ち、科学的に効果が実証された方法を取り入れることで、eラーニングは初めて「成果につながる学び」として機能します。

今回は、成人の学習の観点から、コンテンツ設計の際の考慮事項をまとめました。

成人学習者の心理的特徴(アンドラゴジーの視点)

  1. 自己主導性
    • 成人は「自分で学びを選びたい」という欲求が強い。押し付けられる学習よりも、自分の課題や目標に結びついた学習に動機づけられる。
  2. 経験の活用
    • 成人は豊富な職務経験を持ち、それを新しい学びに結びつけることで理解が深まる。ケーススタディやシナリオ学習が効果的。
  3. 実用性志向
    • 学んだことがすぐに仕事に役立つかどうかが重要。抽象的な理論よりも、実務に直結する知識やスキルが求められる。
  4. 内発的動機
    • 昇進や報酬など外的要因よりも、「成長」「自己効力感」「意義」といった内的要因が持続的な学習意欲を支える。

学習科学の観点からのeラーニング設計

  1. 分散学習(Spacing Effect)
    • 一度に詰め込むよりも、時間を分けて繰り返す方が記憶定着率が高い。eラーニングでは「マイクロラーニング」形式が有効。
  2. 想起練習(Retrieval Practice)
    • 学んだ内容を思い出す練習をすることで記憶が強化される。クイズやチェック問題を組み込むことが効果的。
  3. 生成効果(Generation Effect)
    • 学習者自身が答えや解決策を考えることで理解が深まる。AIを活用した「問いかけ型」eラーニングが有効。
  4. 認知負荷理論(Cognitive Load Theory)
    • 情報量が多すぎると学習効率が低下する。画面設計や教材構成は「シンプルで焦点が明確」であることが重要。
  5. 社会的学習(Social Learning)
    • 他者との対話やフィードバックが学習効果を高める。eラーニングでもディスカッション機能やピアレビューを組み込むことで補える。

eラーニング設計の実務的留意点

  • 学習者の自己選択を尊重する:モジュールを選べる構造にする。
  • 経験を活かす:ケーススタディやシナリオ型演習を導入。
  • 短時間・反復型の学習:10〜15分程度のマイクロラーニングを複数回提供。
  • 想起練習を組み込む:小テストやAIによる質問生成を活用。
  • 負荷を調整する:動画・テキスト・演習のバランスを最適化。
  • 社会的要素を加える:オンラインフォーラムやペアワークを設計に含める。

記憶と学習効果の関係

学習科学の研究では、記憶の定着は「情報の提示方法」に大きく左右されることが分かっています。成人学習者は既に多くの情報を抱えているため、新しい知識を効率的に整理・保持できる設計が不可欠です。
コンテンツを設計する際には、以下の要点にも留意しましょう。

画像と文字のバランス
  1. デュアルコーディング理論(Dual Coding Theory)
    • 人は「言語情報」と「視覚情報」を同時に処理すると記憶が強化される。
    • 文字だけのスライドよりも、関連する図やイラストを併用する方が理解・保持率が高い。
  2. 冗長性を避ける
    • 同じ内容を「長文テキスト+読み上げ音声+図」で重複提示すると認知負荷が増す。
    • 文字は要点に絞り、図やアイコンで補足するのが効果的。
  3. 位置の工夫
    • 画面上で文字と画像を近接配置することで、学習者は関連性を直感的に理解できる。
    • 離れた位置にあると「どの情報が対応しているか」を探す負荷が増え、記憶定着を妨げる。
図やアイコンを活用する工夫
  1. チャンク化(Chunking)
    • 複雑な情報を小さなまとまりに分け、アイコンや図で表現する。
    • 例:業務プロセスを「開始→分析→提案→改善」の4ステップアイコンで示す。
  2. 視覚的階層化
    • 重要な情報は大きな図や強調色で示し、補足情報は小さなアイコンで表現。
    • 学習者は「どこに注意を向けるべきか」を直感的に理解できる。
  3. 記憶のフックを作る
    • シンボルやアイコンは「記憶の手がかり」として機能する。
    • 例:課題分析研修で「虫眼鏡アイコン=分析」「電球アイコン=改善提案」といった連想を活用。
✅実務者向けチェックリスト(記憶×画面設計)
  • 文字と画像を近接配置しているか?
  • テキストは要点に絞り、冗長性を避けているか?
  • 図やアイコンを使って情報をチャンク化しているか?
  • 視覚的階層化(強調と補足のメリハリ)があるか?
  • アイコンや図が「記憶のフック」として機能しているか?

成人学習者の心理(自己主導性・実用性志向)や学習科学(分散学習・想起練習)に加え、記憶の観点からの画面設計はeラーニングの効果を大きく左右します。文字と画像のバランス、図やアイコンの活用は、単なる「見やすさ」ではなく「記憶を助ける仕組み」として設計すべき要素です。
AIやBRIDGEモデルを活用する際も、こうした視覚設計の工夫を組み込むことで、学習者の理解と記憶定着を強化し、研修の成果を最大化できます。

以下は、図解付きのチェックリストです。

チェックリスト(eラーニング設計時の確認項目)
項目 内容 図解イメージ
目的の明確化 学習者に「何をできるようにするか」を具体化 🎯 ターゲットアイコン
対象者の特定 役割・経験年数・課題を明示 👥 人物シルエット
学習目標
(Bloomレベル)
Apply / Analyze など認知レベルを設定 📊 ピラミッド図
達成度の基準
(Degree)
チェックリストや演習基準を数値化 ✅ チェックボックス
実務での目標
(Goal)
業務改善や提案行動を定義 💡 電球アイコン
成果測定方法
(Evidence)
提案件数・上司評価・改善指標など 📈 グラフアイコン
情報提示の工夫 文字+画像のバランス、図解・アイコン活用 🖼️ 画像+📝 テキスト
想起練習の組込み クイズや問いかけで記憶強化 ❓ クイズアイコン
認知負荷の調整 情報量をチャンク化、画面設計をシンプルに 📐 レイアウト図
社会的学習要素 ディスカッションやピアレビューを導入 💬 吹き出しアイコン

まとめ

以下はAI活用の視点も入れて、今後学習コンテンツや研修といったラーニングデザインをされるときの留意点です:

  1. 情報過多を避ける
    • スライドや画面に詰め込みすぎない。要点+図解でシンプルに。
  2. 学習者の心理に寄り添う
    • 「すぐ役立つ」「自分で選べる」構造を意識。
  3. 記憶のフックを意識する
    • アイコンやシンボルを繰り返し使い、連想を促す。
  4. AI提案は必ずレビューする
    • 提案をそのまま採用せず、組織のKPIや現場状況に合わせて調整。
  5. 社会的要素を忘れない
    • eラーニングでも「対話」「フィードバック」を組み込むことで定着率が高まる。

さて、12回にわたってラーニングデザインについて連載させていただきました。学習コンテンツや研修設計をする際に参考にしていただければ幸いです。

この連載の間にも生成AIの進化は目覚ましく、2025年11月現在で、動画の生成もスピーディーにできるようになり、その質も、本物の人間が会話しているような場面になっていたりするレベルになってきています。今後、生成AIは学習の仕方にも大きな影響を与えるでしょうし、作成する側にとっては、そのエージェント機能によって、益々スピード感や、コンテンツの適正と受講対象者や組織の状態に合わせたパーソナライズやアダプテーションが求められてくるでしょう。
そういった意味では、学習コンテンツの質が今まで以上に問われることになるのかもしれません。

このコラムを読んでくださった皆さんご自身も、学び続けることと思いますが、この連載で提供させていただいた基礎、生成AIの性能が優れてきても必要となる人間側の判断軸として活用されることを望んでおります。
(株)デジタルシープラーニングのコラム企画の方、そして読者の皆様、ありがとうございました。